相場が教えてくれたこと

Pocket

相場が教えてくれたこと。というよりも、僕が勝手に受け取ったことですが。

まだまだ少ししか関わっていませんが、その少しの期間でも色んなことを感じることができました。もし、僕がお金を失うだけで、考え方など精神的なことも何も得られなかったらとっくに相場から退場しているはずでした。

不確実性に賭けるということ

不確実性に賭けるというと、まるでギャンブルのようであまり良い印象は持てません。けれど、考えてみたら日常生活であっても不確実性に賭けることだらけでした。今までは、99%の確率でなければ行動しないような生活を続けてきただけでした。だから失敗したらどうしようなどと考えてやらなかったり、期待した結果が出なかったらそれまでの取り組みが無駄に終わるように感じて何も行動できませんでした。

これを、可能性が高いか低いか、という考えをベースにしてみると、一気に行動の幅が出てきます。あるいは、これは可能性が低いけれど、こういうことだったら出来るかも、などというように選択の幅を持つことができるようになりました。

今までは不確実性に賭けることに対して、失敗したときのリスクだけに目が向いていましたが、今では不確実性に賭けることによって可能性が広がるんだという捉え方も出来るようになっています。

反省すること、検証すること

こうした、不確実だけれどやってみるという行動が出来るようになった一つの要因に「反省すること、検証すること」があるのだと思います。つまり、思った結果が出なくても、その失敗から改善策を実施するというように次の行動へつなげていくことが出来るようになるのです。だから、失敗しても決して無駄ではないと思えるようになりました。

何回も挑戦する。結果良ければすべてよし

それでも、失敗が続けば諦めたくもなります。正直今までに相場に支払ったお金は周りから見ればそんなに大した金額ではないと思いますが、それでもあんなこともできたなぁと色々想像できる程度には失いました。それなのにどうして続けられるのかというと、目先の結果をそれほど重要視しなくなってきたということだと思います。今日だめでも、それが明日改善して、さらに明後日改善してというように確かに続けていければ、今までの失敗をカバーできるくらいの結果を出せるかもしれない。そうなれば別に今までの損失はどうってことないと捉えられるようになりました。

それでも求めた結果にならないかもしれない

ただ、ずーーっと続けたところで、結局求めた結果は得られないかもしれません。それはそれで仕方のないことです。やるだけやってダメなら、それは「自分のやった努力で結果が出せるほどの運がなかったんだ」ということです。自分に厳しく言うなら「自分が持っている運を生かすだけの努力が足りなかった」ということになります。

それでも、何もやらないこと自体も相当のリスクを背負っています。

リスクがあるからやらない、失敗するかもしれないからやらないというのは、リスク管理しているわけではなくて、ただリスクから目を背けているだけだと思っています。

自分自身が「やりたい、やろう」と思うことが出来ている時点で既に「やろうとしていることを実現するだけの優位性がある」と信じています。

今読んでいる本で心に残った言葉があります。トレードで損を出しているとき、精神的に落ち着く方法についてのアドバイスという質問に対してのリチャード・デニス氏のコメントです。

ゴルフをやるのに多少似ている。悪いショットをした後にクラブを放り投げても構わないが、次の一打を打つときは頭を下げてボールから目を離しちゃいけない。

Jack D. Schwager (1989), Market Wizards, 山口雅裕訳,2001

何かに取り組むうえで、この点はすごく重要そうです。時には何もしないという選択ができます。自暴自棄になって、やってしまう適当な行動ほど自分を傷付けるものはないのかもしれません。

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。